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論より証拠 -その6 アメリカで医者にかかるということ

2016.04.20 水 オリジナル連載

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは
論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い
論より証拠 -特別篇- スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の重要性
論より証拠 -特別篇- 運動やスポーツ産業の経営者・指導者に求められる仕組み・ビジョン
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(前編)
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(後編)
論より証拠  -その4 あなたの行動は予測できている
論より証拠  -その5 ニューヨークとパブリックヘルス(前編)
論より証拠  -その5 ニューヨークとパブリックヘルス(後編)

先週、親不知を抜きました。4本のうち3本は日本で抜いて来たのですが、残りの1本が残っていました。最後の1本は、まっすぐ生えておらず、手術も難しい手術になると言われたので、当時仕事で長く休むことが難しかった私は、そのままにして渡米したのです。

それから10年。お正月明けに歯の奥にひょっこり生えて来た親不知を発見。決意の末、ようやく抜くことになりました。年月が経っていたこともあり、ほぼまっすぐに生えていたため、簡単な手術で済みました。

手術までには2回歯医者で治療を受けました。一日目は360度のレントゲンと5分程度の問診で199ドル。2日目は15分程度の手術で433ドル。これに、痛み止めなどの処方箋の費用がかかります。私の場合、局部麻酔でも全身麻酔でも大丈夫な手術だったため、医師から「どちらの麻酔にする?」と聞かれました。局部麻酔で使う麻酔の量と全身麻酔の量、それぞれいくらかという値段を確認しながら治療を選択したのは、初めての経験でした。

健康保険に入っていれば、1万円、場合によっては5千円もかからずに親不知が抜ける日本とは大きな違いです。

外務省のウェブサイトでもアメリカの高額な医療費についてこんな風に言及されています。

【参考】 http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/n_ame/ny.html

私は、勤務先の健康保険と歯の保険に入っているため約5〜6割の金額は戻ってくるのですが、未だにいくら引かれるのかよくわかりません。

それもそのはず、この保険の仕組み、医者によっても値段が代わり(その保険と医者がどのような契約を結んでいるのか)、また、細かい治療内容(何の治療をしたのか・どのくらい麻酔を使ったのか、等)でも値段が異なってくるのです。私の場合、アメリカ人に助けてもらいながら、大体の費用の計算をしました。

仕組みが本当にややこしいだけでなく、体調の悪い時にお金の計算をしないといけない(そして保険会社のコールセンターにかける手間と時間のマイナスの要素が加わる)というアメリカのシステムは、噂には聞いていたものの、大きな負担だと感じました。

以下の図は、パブリックヘルスを勉強している人であれば、多分誰もが一度は目にしたことはあるであろうという図です。医療費と平均寿命の関係です。

一般的に、ある一定のところまでは医療費が多ければ寿命は延びると言われているのですが、アメリカだけが医療費の多さが突出しているのがわかります。しかし、寿命はトップクラスではありません。つまり、アメリカでは、高い医療費を払っている割に健康の水準としては低いのです。

g3-03

参考:OECD iLibrary

かといって、アメリカの予防に対する意識は決して低い訳ではありません。格差や地方自治体による差はあるものの、公衆衛生のプログラムとしては見事というような疾患啓発キャンペーンや施策を展開しています。

パブリックヘルスでは、個人の選択は、生活する社会環境に大きく影響されると考えます。日本とアメリカ、二つの異なる国に住んでみて、こういった医療制度を含めた環境による選択肢の違い、また、「病気になったら死活問題」という緊迫感の差、予防へのプレッシャーなどを肌で感じています。

病気になったらまずいという危機感が予防を推進させるのか、それともただただ健康でありたいという穏やかな願いが予防を続けさせるのか。環境の力は、思ったよりずっと大きい気がしています。

>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。