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運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い

2015.06.17 水 オリジナル連載

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
今回は、特別篇としてスポーツと運動の研究者で、現在、ハーバード大学医学大学院およびブリガム・アンド・ウイメンズ病院予防医学科で研究を行っている”鎌田真光氏”とのインタビュー対談を三週にわたり配信する。Part.1では鎌田氏が感じる「運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い」をお伝えする。

【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは
論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと

ハーバードやマサチューセッツ工科大学をはじめとする大学が多く集まるボストンは、「知のディズニーランド」とも言われています。ありとあらゆる分野の研究者が日々切磋琢磨しながら生活しています。

今回は、そのような環境の中でスポーツと運動の研究者であり、現在、ハーバード大学医学大学院およびブリガム・アンド・ウイメンズ病院予防医学科で研究を行っている鎌田真光氏へのインタビューを行いました。


20150617_林英恵さん連載画像①

鎌田さんはそもそもなぜ、スポーツや運動の世界の研究者になったのですか?

鎌田:実のところ、僕は元々自然環境や環境問題に興味があって、人はどう生きていったらよいのかということをよく考えていました

なぜ今自然環境の研究者ではなく、スポーツの研究者なのですか?

鎌田:大学でスポーツ医科学と出会ったことが大きいです。様々な分野の学問に触れた後で自分の専門を決めるという教育方法に惹かれて東京大学に入学しました。ところが、そこで取った環境問題のゼミが「化学」を中心とした内容で、正直、これを一生やっていくのは辛いなと感じました。理系だったので苦手ではありませんでしたが、改めて、自分の「やりたいこと」は何かを考えました。
一方、大学1・2年の教養学部時代に取った授業で抜群に面白かったのが、「スポーツ医学」や「身体運動科学」という科目でした。どうしたらスポーツ中のけがや故障を防げるか、どういう風に投げると球を速く投げられるか、といった研究内容を聞く度に、こんな学問があったのか!と、ワクワクしていました。自分自身、幼い頃から野球やバスケットボールなど色々やっていて、スポーツは大好きでした。選手として活躍していたわけではないので、プロのスポーツ選手になって生きていこうとは全く考えていませんでしたが、両親が教育関係者ということも影響して、スポーツが上手くなるよう「人に教えること」には興味がありましたし、得意な分野だろうと感じていました。そこで、3・4年時の進学先を決める際、自然環境への興味は一旦、奥にしまって、スポーツ医科学の学べる教育学部身体教育学コースへ進むことにしました。

自然環境には今でも強い関心があって、自然と共存する社会を目指すことは私の大きなテーマです。大学院の修士課程での研究は、「どんな物理的・社会的環境に住む人がよくからだを動かしているか」というテーマでした。スポーツ・運動と環境がリンクしたテーマを見つけるまでは色々模索して非常に苦労しましたが、「まさにこれだ!」と思えるものと出会うことが出来ました。それが健康・予防医学、そしてパブリックヘルスの分野でした。

例えば、都市計画や交通計画といった分野では、渋滞解消や環境負荷の軽減(CO2排出量の削減等)を目的として、自家用車での移動に依存する人を減らし、徒歩・自転車や公共交通機関を利用して移動する人を増やすような取り組み(モビリティ・マネジメント)が行われています。これは、そのまま健康政策につながりますよね?健康・予防医学の分野では、がん・心疾患・糖尿病・運動器疾患など、様々な疾病を予防・改善する観点から、自家用車移動に依存した社会よりも、多くの人が歩いたり自転車を漕いだり、よく体を動かす社会を目指したいわけです。こうした環境とスポーツ・運動の接点となる分野なら、自分の一生をかけることができると感じました。

ただ単に「自然を守ろう!」と言っても人はなかなか行動に移さないけれど、「この自然環境を失うと、あなたの命が危険です」と言ったら、人は行動に移す可能性が高くなるのではないかと考えたこともありました。面だって研究の中に出てくることはまだありませんが、究極的には、医学や健康のルートを通して、地球環境や自然と共存し合う社会に貢献することを目指しています。

研究者の役割は、社会の人々に視点や考え方、解決策や事実などを提示していくことだと考えています。そして、世の中に対して、何か違うんじゃないかということを感じたら、適切な方法論や根拠に基づいて発言することができる。こうしたことも、研究者・学者という生き方を選んだ大きな理由です。

アメリカに行こうと思ったのはなぜですか?

鎌田:研究者という生き方を選んだ段階で、他の国でも修行を積みたいと考えていました。現在は、からだを動かすことの健康への効果(リスクと恩恵の両面)を明らかにすること、社会全体で体を動かす人を増やす方法などについて研究しています。こうした運動と健康の分野の研究では、間違いなくアメリカは世界のトップクラスです。また、教育者として、ハーバードをはじめとする世界でトップレベルと言われる研究機関が、どのような仕組み、環境、雰囲気で教育や研究を行っているのか肌で感じたかったということもあります。

アメリカと日本の運動・スポーツ環境を比較してみて、感じることはありますか?

鎌田:まず、アメリカが優れていると思うのは、商業ベースで比較的安い価格でフィットネスジムなどが利用できる点です。価格競争のためか、安いところがどんどん出て来ていて、消費者が利用しやすいと感じます。あとは、学校施設の開放状況がとてもよいということ。例えば、私の自宅は、ジョン・F・ケネディ元大統領が通ったという小学校のすぐ近くなのですが、そこにはバスケットボールのコートが屋外に4面、テニスコートも複数あって、放課後や休みの日には市民に無料で開放しています。近くの他の学校も同様です。アメリカ全土がこうした状況というわけではありませんが、運動を毎日の生活に取り入れやすい環境が整っています。

20150617_林英恵さん連載画像②

一方で、格差がひどいことは大きなマイナス面です。日本でも収入や健康格差の広がりが最近問題になっていますが、アメリカのそれは日本の比ではありません。正直に言うと、こんな国に日本をしたくないと思うことが多々あります。これは、渡米前から思っていましたが、改めて決意を固くしました。先ほどの恵まれた運動環境というのは、私が治安の良い地区に住んでいるからであって、そうでない地域の人たちは、とても大変です。フィットネスはアメリカでも一大産業になっていますが、運動をする人はするけれど、やらない人はやらないという二極化が進んでいます。フィットネスジムなども、多くが治安の安定している地域にあることが多く、そうでない地域の人は、治安が悪いために外でランニングができない、運動施設もないというような、埋めがたい溝ができているのも事実です。

アメリカに来てみて感じた、日本の優れている点はありますか?

鎌田:はっきり日本が優れていると言えるのは、徒歩通学、掃除の時間など、生活の中に「体を動かすこと」を自然に取り入れている学校教育・体育があることだ思います。運動、スポーツというと、つい、運動の時間をとって本格的に何かしなくてはと思いがちですが、生活の中に体を動かすことを取り入れることがとても大切です。アメリカは、特に車社会化が進んでおり、生活がどんどん便利になって、不活動になっている。その上で、運動は日常生活から切り離して、一つの特別な活動として行いましょうというスタイルが進んでいます。それが、人々の運動へのハードルを高くしてしまう。

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↑アメリカの児童は自家用車、もしくはスクールバスでの通学が大半を占める

日本の児童の98%は徒歩通学だという数字がある一方で、アメリカでは、児童の45%が自家用車での通学です。半分近くがドアtoドアということですスクールバスが39%で、徒歩・自転車での通学は合わせてたったの13%しかいません。アメリカでは子どもの運動不足や肥満が大きな問題となっていますが、こうした日常生活の在り方にメスを入れなければ解決は望めません。日本でも、徒歩通学や清掃時間の文化などは、これからも次世代に引き継ぎ、世界に向けて発信していくべき文化だと思います

次回は鎌田氏からみた『スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の 重要性』を掲載します。(6月29日(月)掲載予定)

※リンク先ページが文字化けする場合には以下の方法をお試しください「iOS版Chromeで文字化けするサイトに遭遇した時の対処法
 http://www.gadget-journal.com/2012/11/ioschrome.html

>>>Profile

鎌田 真光(かまだ まさみつ) 博士(医学)
ハーバード大学医学大学院およびブリガム・アンド・ウイメンズ病院予防医学科 博士研究員。国立健康・栄養研究所 健康増進研究部 流動研究員、日本学術振興会海外特別研究員。

1982年宮崎県生まれ。 東京大学教養学部理科Ⅰ類入学。 在学中に同級生らと「マンガ運動器のおはなし-大人も知らないからだの本-」を執筆、書籍は全国の小学校等に計20万部が無償配布され、平成17年第1回東京大学総長賞受賞。同大学院教育学研究科 身体教育学コース 修士課程に進学後、2006年から2013年まで、島根県の中山間地域に拠点を置き、身体教育医学研究所うんなん(島根県雲南市立)にて研究員として地域の健康づくりやスポーツ教育に携わる。2013年島根大学大学院医学系研究科にて博士号(医学)取得。(独)国立健康・栄養研究所健康増進研究部(当時)を経て、2013年12月より渡米。主な研究テーマは、身体活動(運動)の促進を通した健康づくり、スポーツ障害の予防。研究論文は、Preventive Medicine等の学術誌に掲載されている。

HP:http://researchmap.jp/kamada/

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論より証拠 -その1 エビデンスとは

論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。