論より証拠 -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(前編)
2015.08.15 土 オリジナル連載 ヘルスケア/ウェルネスハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】
・論より証拠 -序章
・論より証拠 -その1 エビデンスとは
・論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
・論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い
・論より証拠 -特別篇- スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の重要性
・論より証拠 -特別篇- 運動やスポーツ産業の経営者・指導者に求められる仕組み・ビジョン
前回までは、運動・ウェルネス分野での”エビデンスの大切さ”について紹介しました。エビデンスをビジネスに役立てることを考えるとき、エビデンスには、二つの役割を期待することができます。一つ目は、マーケットを作る役割、二つ目は、人の行動を変える押しの一手とする役割です。
ヨガブームの背景にエビデンスあり!
一つ目のマーケットを作る役割について、アメリカの例を交えながら紹介したいと思います。
今では、日本でもすっかりブームになったヨガですが、アメリカでは日本以上にヨガブームが加速しています。ある調査では、2012年の時点でアメリカのヨガ人口は2000万人を超えるとも言われています。これはアメリカ人の成人の8.7%に値すると言われています。2008年の調査時に比べて4年間で29%の伸びでした。そして今後も伸び続けると言われています(参考記事:yoga journal)。
またヨガと同様、マインドフルネス(瞑想)も急速な広がりを見せ、今ではグーグルやインテル等のグローバル企業が社員への研修として取り入れたり、TIMEやNew York Timesなどでも特集が組まれたりしています。
↑書籍によるとグーグル社内には31カ所もの瞑想スペースが設けられている
我々は、2013年からハーバードの研究者らとアメリカの健康市場の広がり方についてリサーチを行っています。その結果、うまくムーブメントを作れた健康の領域は、エビデンスをうまく活用したからだということがわかりました。
元々ヨガは、アメリカでも、主に、ヒッピー等の限られたコミュニティの中で、特に西海岸を中心に広まっていた歴史がありました。菜食や自然食ブームの広がりとともに、ヒッピーから次第に知識層など広い層に広まっていったと言われています。また、マインドフルネスも、元々瞑想として、限られたコミュニティの中で浸透しているものでした。
その広まるきっかけとなったのは、“エビデンス”だったと言われています。
また、ハーバードメディカルスクールとハーバード系列の病院であるBrigham and Women’s Hospitalは、2002年にthe Osher Center for Integrative Medicineを立ち上げ、東洋医学的なホリスティックな健康のアプローチの研究と研究者の育成を始めました。
実際、ヨガや瞑想の実践者(先生や実務家)、研究者及び政府関係者など健康に関わる人々にインタビューを行ないましたが、どの立場の人たちも、ヨガや瞑想が一代ブームとなった影には学問的に確立された科学的手法によるエビデンスの確立と、エビデンスの普及により多くのメディアが取り上げるようになったことが大きいと話していました。
2000年代初頭の動きから10年後、エビデンスが後押しする形で一つの小さな市場が、全米そして世界中に広まったのです。
現在、日本でもオリーブオイルを中心にした食事が流行っていますが、アメリカでも地中海式ダイエットは注目されています。アメリカは、多くのメディアが日本以上に「エビデンス」を重視します。地中海式ダイエットが広まりつつあるのも偶然の産物ではなく、ハーバードをはじめとする研究機関で、エビデンスが一つひとつ丁寧に積み重ねられた結果であるといえると思います(参考記事:Harvard TH CHAN)。
>>>Write by Hana Hayashi
林 英恵
パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー
1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。