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論より証拠 -その4 あなたの行動は予測できている

2015.10.20 火 オリジナル連載

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは
論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い
論より証拠 -特別篇- スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の重要性
論より証拠 -特別篇- 運動やスポーツ産業の経営者・指導者に求められる仕組み・ビジョン
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(前編)
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(後編)

先日、日本に帰国した際に温泉に行きました。一人で露天風呂に入っていると、色々な声が聞こえてきます。

「私、最近また太っちゃって!甘い物がやめられないの」

「うちのお父さん(旦那)は、このあいだ孫に“おじいちゃん太った”って言われてショック受けてたのよ。ビールの飲み過ぎって私が言ってもやめないからちょっとはいい薬だわ」

「うちの旦那なんて、健康診断でひっかかったのにタバコをやめないのよ。やめるくらいなら死ぬ方がましだって」

年齢は20代から60代くらいまで、40分ほどの間に入れ替わり立ち代わり様々なグループがやって来ました。健康はどの人にとっても気になる日常の話題のようです。

面白いことに、この日私が連続で聞いたのは「わかっているのにやめられない」不健康な生活習慣に関する声でした。

個人の背景やストーリーは異なるので、人が取る行動の理由は無数にあるようにも見えます。しかし、何かをやめられない訳や、何かを続けることができない理由は、ほとんど予測できているのです。人の行動を分析し、なぜ人はある行動をやめられないのか、また、望ましい行動をとってもらうためには何をしたら良いか―

これを考えるのが行動科学(Behavior Science)と呼ばれる領域です。行動を「科学する」のです。

この連載では、第1回第2回で健康づくりにおけるエビデンスの考え方を取り上げました。治療だけでなく、健康づくりの分野にも科学的根拠に基づいた判断をすることが大切という話をしました。これは、行動科学の分野にも当てはまります。

米国ではエビデンスに基づく活動が基本

アメリカでは、健康づくりにおいて啓発活動を行う場合、行動科学による科学的根拠がとても大切にされています。国の保健機関であるCDC (Center for Disease Control)やFDA  (Food and Drug Administration)などが行う禁煙や生活習慣病の防止に関する啓発活動は、10年以上も前からエビデンスに基づいたキャンペーン(テレビや新聞、インターネットの広告など)をするようになっています。この姿勢は、国レベルの機関だけでなく、地方自治体(州や市区町村レベル)においても徹底されています。必ずしも完璧とは言えなくても、エビデンスに基づいて、人々の健康的な行動を促進するための啓発活動を行うような規範ができています。

私がハーバードで健康づくりに関する研究をしようと思った背景も、広告会社に入ってすぐに、アメリカで行われている健康づくりのキャンペーンと日本の現場のギャップを目の当たりにしたからでした。

日本でこの分野の研究が行われるようになったのは、まだ最近のことですが、もともとアメリカでは、30〜40年ほど前から、今の健康づくりの啓発活動の分野が形作られてきました。それまでは、健康づくりとコミュニケーションというと、テレビが健康に与える悪影響やコミック漫画の規制など、どちらかというとメディアが体に与える悪い影響の文脈で語られることがメインでした。しかし、この頃から、徐々にメディアやコミュニケーションがもたらすポジティブな側面が注目されはじめたのです(参考1)。

1990年代後半に入って、アメリカの学会や政府機関で「ヘルスコミュニケーション」関連のプログラムや部署がスタートするようになりました。

しかし、アメリカはここで大きな失敗を経験します。1998年〜2004年にかけて、10億ドル近くかけて、若者のドラッグ使用防止のキャンペーンが大々的に行われました。もちろん、目的は若者がドラッグの使用を予防するためです。しかし、その後の評価で、このキャンペーンによって、ドラッグを使用したい!と思う若者を増やしてしまった可能性が発見されたのです(参考2)。

とにかく、やってもらいたい行動のメッセージを伝えればいい!と思いがちな健康分野のコミュニケーションですが、時にこのような悲劇的な結果をもたらします。このキャンペーンの反省から、個人の行動を変えるにも、科学的根拠に基づいて訴求していかなければならないという見方がアメリカで急速に広がり始めます。

このような歴史を経て、行動科学やヘルスコミュニケーションが体系化されます。これれらのプログラムを教える大学院が設立され、政府の保健期間(地方自治体も含む)にコミュニケーションや行動科学の専門家が配置されるようになります。プログラムを行っては評価することを繰り返し、「行動」の科学的根拠が蓄積されるようになったのです。

参考文献

1.Conversation with Dr. Viswanath, 2012

2.Effect of the National Youth Anti-Drug Media Campaign on Youth

Hornik et al, Research and Practice, December 2008, Vol 98, No. 12

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。