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2019.07.25 木

運動遊びが、本来の体力や学力の向上につながる

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遊びを通して、子どもたちが主体的に活動できるように支える「プレイリーダー」が注目されている。フィットネスクラブを含めた大人は、今子どものために何をすべきか。子どもの発育発達に詳しい山梨大学中村和彦氏に訊いた。

遊びの消失により運動の楽しさを知る機会がなくなる

1980年代半ばから子どもの体力・運動能力が低下していることが問題になっているが、子どもの環境に大きな変化が起きたのは、’70年代後半から遊びがなくなり始めたことに因るものだという。

「勉強やスポーツなど、いわゆる習い事を始める子が増え、ちょうど同じころから道路での遊びが禁止されました。そして、テレビゲームが誕生します。それにより、鬼ごっこや缶蹴り、ゴム跳びといった遊びをしなくなったのです。その結果、体力や運動能力が低下するだけでなく、コミュニケーション能力や思考力も低下しました。遊びのなかで自然と行われていた、考えることや工夫することがなくなったからです」

このような状況への危機感から、文部科学省は’20年度からの学習指導要領を新たに策定した。偏差値を高くする教育ではなく、思考力、判断力、表現力、主体性といった本来の学力を向上させることを目的とした教育になるのだ。そうした状況のなか、遊びを通じた運動はさらに必要なものとなろう。中村氏は低下しているとされている体力については次のように考察している。

「体力というのはフィジカルフィットネス、つまり身体適応です。その人が必要とする身体能力をつければそれでよいのです。子どもの場合は、筋力や持久力は必要ありません。大事なのは、運動することを面白いと感じることです。今、スクールやスポーツ少年団でやっていることは、強くするため、上達するためのもので、子どもはきちんとしないと怒られると思っているので面白くありません。身体を動かす遊びで運動の面白さを感じるということが、子どもの体験として必要です」

世界の時流から外れた日本の運動教育、遊びで身体を動かすことが大切

学校体育と民間のスクールやスポーツ少年団がやっていることがまったく異なっていることも、課題のひとつだ。

「国が指導要領として定めていることは、きちんと発達段階を踏まえてのことです。スポーツを上達させることが目的ではなく、将来運動を楽しむため、大人になっても運動を続けるための基礎をつくっているのです。また、日本では幼少期からひとつのスポーツに特化して学んでいるケースも多々ありますが、それも子どもの成長にプラスになりません。海外ではすでに小学生以下の全国大会が禁止されていたり、地域で子どもがスポーツを楽しむ仕組みができていたりします。勝つこと、上達することを目的にしていると、子どもが運動を嫌いになってしまうことがあるからです。実際に、勝つことや上達することを求めているのは保護者であって、子ども本人ではありません。提供する側は保護者に迎合するのではなく、このような在り方を変えていく必要があります」

世界の時流で見ると、スイミングや体操、サッカーなどのスクールも合っておらず、中村氏は「今後、このような単一種目のスクールはなくなるのではないか」と話す。「日本で前回のオリンピックを開催した’64年以降、継続的に体力・運動能力調査(スポーツテスト)を実施していますが、大切なのはテストの結果ではなくて、身体の動きを習得できているか、運動習慣がついているかです。ひとつのスポーツにおける動きの数は限られますから、それだけをやるのでは運動神経の向上に必要な動作は身に付きません。私たちは、その目安として“回る”“走る”“投げる”など36の動作というものを設けています(図1)。

それを身に付けられるのは、やはり遊びを通してなのです」ユネスコの行っている「身体活動の30分×週2回以上実施者の国際比較(11歳)」の調査では、先進国28ヶ国のなかで日本は最下位である。諸外国では遊びによって身体活動があるが、日本ではスクールなどに入っている一部の子ども以外は、ほとんど身体活動を行っていないのだ。

プレイリーダーを通して子どもに遊びの場を提供する

そこで、今注目されているのが「プレイリーダー」だ。プレイリーダーとは、運動遊びを通して、子どもたちが主体的に活動できるようプレイリードする人のこと。子どもがいきいき遊ぶことができる環境をつくること、子どもの興味や関心を引き出す遊び場を整備すること、状況に応じて子どもに声掛けすること、一緒に思い切り遊び子どもが信頼を寄せる相手となること、子どもに代わって保護者に気持ちを伝えることなどがその役割だ。

「昔は仲間と遊ぶなかで、自然と下の世代へと遊びが伝承されていました。しかし、遊びの成立条件となる“3間(時間・空間・仲間)”がなくなると同時にそのような遊びそのものの伝承がなくなってしまったのです。プレイリーダーが安全に遊べるために子どもを見守ったり、子どもに遊びを届け、先導したりすることが今後必要になってきます(図2)」

この取り組みは、すでにドイツ(プレイリーダー)やオーストラリア(プレイデリバラー)、イギリス(プレイワーカー)など世界で広がっている。ドイツのプレイリーダーは地域のスポーツユーゲントに所属し、幼稚園・保育園・小学校に出向いたり、ユーゲントでプレイリードしたりしている。オーストラリアでは国の施策としてのAASC(ActiveAfterSchoolCommunicativeProgram)において雇用され、放課後に園や学校で活動している。日本でも’17年からスポーツ庁における子どもの運動実施率向上のための事業として、日本スポーツ協会、ミズノ株式会社、株式会社ルネサンスなどがプレイリーダーの養成や展開に取り組み始めている。

「自治体と企業が連携して、保育園や幼稚園、小学校での遊びの機会を増やしています。遊びは指導することができません。指導ではなく、遊びを届け先導することで、子どもたち自身が工夫したり、関わりを持ったり、コツを見つけたりして楽しむことができるのです。そして子どもたちがおもしろくのめり込むことができてきたら、プレイリーダーはいらなくなります。大人からの干渉がなく、子どもたちだけで、たっぷりとした時間、遊びに適した空間で、様々な仲間と面白くのめりこんで遊ぶことが重要です。また、親子が触れ合う機会もなくなっています。親子で遊ぶことも非常に大事だと思います」

これは、プレイリーダーになり得る人材と運動遊びをできる場所をもったフィットネスクラブにとって、今後、大いに可能性がある事業なのではないだろうか。子どもたちの幸せのために遊びの大切さを広めるスポーツ庁が子どもの健やかな育みのために「遊びの大切さ」を提言し始めた今、社会の運動環境を一気に変えることが望ましい。

フィットネスクラブも、その時流に乗って、提供すべきスクールを見直すときがきているといえるだろう。そのためには、保護者をはじめ、幼稚園教諭、保育士、保育教諭、小学校教諭、スポーツ少年団指導者とともに、フィットネスクラブにおける子どもを対象としたインストラクターが正しい知識を広め、子どもの育ちのリテラシーを高めることが必要だ。

「今の保護者は、習い事やスポーツ教室に子どもを預け、小さいうちから特別な能力を獲得しようとしています。まずは子どもの育ちのために本当に必要なものは何かを見定め、その認識を高めていくことが必要です。そして、運動しない子どもをなくすこと、そのために幼少期に運動の面白さ、心地よさを体験することが大事です。誰もが競技としてのスポーツに参加する必要はないのです『。スポーツとしてのサッカーは嫌いだけどボールを蹴って遊ぶことは好き』『速く泳ぐことはできないけど水遊びはすごく気持ちいい』ということでいいのです。身体を使った遊びは体力や運動能力を伸ばすだけでなく、工夫する、仲間との関わり方を経験するといった意味もあります。それが、本来の学力や体力の向上につながり、大人になってその力を発揮することになるのではないでしょうか」

子どもたちの将来の幸せのために、今大人ができることは何か。フィットネスクラブはその先頭に立って導いていく役割を担っているのではないだろうか。

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