子どもの体力・運動能力が低下している背景には運動遊びの不足がある。それに対してフィットネスクラブは何ができるだろうか。また、子どもたちにとって必要なのはどのような環境なのだろうか。東京学芸大学で教員養成や幼児教育、学童について研究している4人の教授に話を訊いた。
国立大学法人東京学芸大学 教育学部 健康・スポーツ科学講座 博士(教育学) 教授・学長補佐 鈴木 聡氏
国立大学法人東京学芸大学 教育学部 教育実践創成講座 教科領域指導プログラム 幼児教育サブプログラム博士(学術)教授・学長補佐 吉田伊津美氏
国立大学法人東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系 美術講座 教授 鉃矢悦朗氏
国立大学法人東京学芸大学 パッケージ型支援プロジェクト 児童・生徒支援連携センター 特命助教 田嶌大樹氏
子どもの運動に関する課題として、「とにかく動けていない」と鈴木聡氏、吉田伊津美氏は口をそろえる。
さらに、2人がその原因として挙げるのが、運動遊びの減少とライフスタイルの変化だ。「よく二極化と言われていますが、幼少期からスポーツを習っていても多様な動きができない子が多いです。遊んでいないから、決まった動きしか身に付いていないのです」(鈴木氏)
「幼児の運動能力検査の結果を見ると1980年代半ばから’90年代に大きく低下していますが、そこから20年ぐらいはほぼ横ばいです。ただ、身体を動かす遊びが減ると同時に、生活がより便利になって身体を動かす機会が減っていることから、動きのぎこちない子や思うように動かすことのできない子は増えているように思います」(吉田氏)
習い事ではなく遊びが必要多様な動きから、心身が発達する習い事の低年齢化については、「スポーツに触れる場がたくさんあることは大切」(田嶌大樹氏)としながらも、ある決まったひとつのことを子どもに習わせることは好ましくないという。
フィットネスクラブは自由に選べる運動遊びの環境を提供フィットネスクラブは、運動プログラムではなく、運動遊びをできる環境と適切な指導者を提供するのがよいというのが、4人の共通した意見だ。
「幼児の発達を理解したうえで遊びを提供することが大事です。今のフィットネスクラブのスクールは大人の発想で運動を教えているところもあると思いますが、そうではなく遊びを指導するのです。子どもに自由に好きなことをさせるのではなく、子どもが主体性をもてるように、自己決定できるように指導者がねらいをもって導くことが大切です。活動のプログラムを決めるのではなく、このような経験をさせるというコンセプトを定めて、その経験が可能な場をつくるのです」(吉田)
「体力の語源はフィジカルフィットネスである、という話を聞いてことがあります。筋力や持久力を身に付けることのみに目を向けるのではなく、自分の身体にフィットするものを見つける場となるとよいと思います。子どもたちが主体的にスイミングやサッカーを選ぶなら、それも遊びになります」(鈴木氏)
成人会員が自由に選ぶことができるように、ある日はボール、ある日は体操、ある日はスイミングというように、多様ななかから選べる環境を提供できるのはフィットネスクラブだからこそできることかもしれない。とはいえ、同じ運動をし続けることは、身体の発達にはよくない。一定の期間であれば夢中になって繰り返すことで質が高まるが、必要なのは多様な動きを身に付けること。そうなるように誘導することも大人の役割だ。
子どもの発達には、大人の関わり方は非常に重要である。保護者や指導者は、子どもに運動能力、体力をつけてあげたいと思って関わるが、子ども自身が主体性をもって取り組めるように導くことが求められる。
「大人の役目は子どもの遊びの世界を広げてあげることです。夢中になって遊びを進化させることはありますが、放っておいても遊べるようにはなりません。指導者に必要なことは、動きを引き出せるような声掛けをすること、工夫できない子に対して気づかせることです」(鈴木氏)
「トレーニングという視点で見ると、動きに注目してしまいますが、子どもの心に注目すると、どこが成長しているかがわかります。子どもに共感し、理解する力が重要です。子どもは、必ずできることには飽きてしまい、必ずできないことはやりたくなくなってしまいます。チャレンジしやすい課題を見つけてあげると、わくわくして一生懸命に取り組みます。そのラインはそれぞれなので、それを見つけてあげる能力は指導者に必要だと思います」(田嶌氏)
「子どものわくわくに指導者が寄り添うためにも指導者自身がわくわくを体験的に理解していることが大切です。大人になっても、子どもと同じように新しいことに挑戦してできるようになる過程を味わうことも必要だと思います。また、子どもの仕草や表情を正確に読み取れるアンテナを鋭敏にしておくことも、指導者にとって非常に大切です」(鉃也氏)
鈴木氏はメガロスのスクール「ミライク」を監修している。プログラムがほぼできている段階から関わっているが、子どもに思考したり工夫したりする機会をつくることを提案した。
「考えながら運動したり、順番がきたときに決められた動きをするだけでなく、待っているときに何か考えさせるような仕掛けがあると思考力がつきます。一つひとつの動きではなく、トータルで心身の発達につながるとよいと考えています」(鈴木氏)
吉田氏は、ティップネスの「運動あそび」の監修を行っている。これは、ティップネスで展開しているスクールとは別で、自治体などに遊び場を提供している事業だ。室内に遊具を置いて、子どもたちが自由に遊びながらも、指導者が声かけによって遊びを発展させている。
「大事なのは、子どもが自ら選択、挑戦、工夫して取り組んでいくことです。それにより有能感を育てることができます。ポイントは、子ども自身がやりたい運動であること、子どもなりにできることを工夫して行うこと、できた感覚を味わえるようにすることです」(吉田氏)
保護者への啓発も、学校や保育園・幼稚園とともに、フィットネスクラブが行っていくべきことだろう。
事業者が遊びの意義やコンセプトをきちんと定めていれば、理解を広げていけるだろう。吉田氏が監修しているティップネスの「運動あそび」のクラスでは、保護者向けに冊子を配布し、「運動あそびとは何か」「なぜ運動あそびが必要か」「家でできる運動あそび」などを紹介している。
「フィットネスクラブのスクールに通わせている保護者は、子どもに運動してほしいと思っている方です。競技スポーツよりも遊びが重要だと伝えれば、興味をもつのではないでしょうか」(吉田氏)
「持久力や筋力が上がること、競技が上達することが大事なのではありません。運動することで生活の質が上がり、生活習慣病も防ぐことができます。幼少期の運動で、認知機能を高めたり、社会性を育んだりすることを目指し、そして何よりも運動好きにしていくことが大切です。それが今後の継続につながるのです」(鈴木氏)
フィットネスクラブでも、少しずつ競技スポーツではないスクールが増えていっている。その意義をもう一度保護者や地域の人へ伝えてみてはどうだろうか。