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論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと

2015.05.16 土 オリジナル連載

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは

私は元々、文系科目が大好きでした。反面、数学や物理、化学など理系の科目が大嫌い。高校時代は、元々私立の文系に進もうと思っていたため、「自分の人生に理系の科目を勉強する必要はない!」と思い、当時これらの科目とは、ばっさり縁を切ったつもりでした。
しかし、大学院に入ってから、(私の学位はDoctor of Science なので科学の分野の博士になるのですが、その名の通り)高校1年生で「強制終了させた」理系分野の知識をもう一度取り戻し、一から勉強し直すことが必要になりました。
パブリックヘルスは、統計学や疫学など、数字を重んじるため、大学院ではこういった科目を最初にみっちり学びます。よくわからないギリシャ文字の入っている数式を見たり、式がいくつか並んでいるのを見たりするだけで、頭がいっぱいいっぱいになって思考が止まります。そのぐらい、科学や理系の世界にアレルギーがありました。今でも、この世界に20代後半から踏み込めたのは、無知故の大胆さだったのではと感じています。

一方で、「無知」ということは、怖いもので、過剰な期待を生みます。

科学の世界は、自分にとってよくわからない世界であるが故に、私は、過剰な期待を抱いていたことがわかりました。科学と一口に言っても、色々な分野がありますが、これからお話しすることは、特にパブリックヘルスや医学に関して私が感じたことです。

思ったよりも白黒はっきりしていない

スポーツ、食事、睡眠、などなど、病気を予防し、健康に生きるために知っておいた方がいい知識はたくさんあります。いわゆる、前回お話しした「エビデンス」です。
この世界に入る前、何が「よい」とか「悪い」というのは、白黒はっきりしていると思っていました。もちろん、白黒はっきりしていることもあります。喫煙に関しては、「体に悪い」ということははっきりしています。しかし飲酒に関しては、体に良くないという専門家も入れば、少しの量であれば体によいという専門家もおり、未だに議論が続いていたりします。科学という分野であれば、何でもかんでも、割とすっきり答えが出るものと思っていた私は、こんなに「曖昧」で議論の余地を残すものなのか、驚いたことを覚えています。

なぜそんなことが起こるのでしょうか?これが、第二の驚きにつながります。

積み重ね、積み重ね、積み重ね

前回の連載で少しお話ししたように、エビデンスは、一つの研究で白黒決まるものではなく、色々な研究の積み重ねとして認知されるものだからです。例えば、1日30分のランニングは体によい(病気を防ぐ)という研究があるとします。一方で、1日30分のランニングは特に病気を防ぐ効果はないという研究があるとします。研究結果が二つしかない場合、十分なエビデンスによって支持されていると判断するには時期尚早でしょう。様々な研究者が色々なところで研究を重ね、100本の質のよい(つまり、精度の高い研究デザインで)研究が行われたとします。研究のうち90の研究が体によい結果をだし、残りの10本が特に予防効果はないとした場合、1日30分のランニングは体に良いというエビデンスが出ていると言うことができるかもしれません。また、サポートする論文の数のみに着目すれば良いかというとそうではありません。例えば、研究対象者の数や、効果の大きさ、一つひとつの研究デザインの精度など、研究デザインや内容の質も加味した上で判断する必要があります。 ちなみに、こうして個々の研究成果を総合的に解釈する際は、システマティック・レビュー、メタ解析といった方法が使われます。

何割以上のどのような○○であればエビデンスとして認めてよい・だめというはっきりとした基準がある訳ではありません。前述した、研究の量や質、共に 加味したうえで、エビデンスとして認められるかを判断します。主観的な判断にならないように務めるのが研究者の役目ですが、それでも、多くの分野で、「質のよい」研究の選び方やデザイン等で、エビデンスが白黒はっきりしない分野がたくさんあるのは、このような背景からなのです。

まだまだびっくりしたことがあります。

どこかに「エビデンスです!」とあるわけではない

この世界に入って驚いたこと、それは、エビデンスがはっきりしている場合、どこかにエビデンス一覧表のようなものがあって、何かボタンをクリックすると、簡単に最新のエビデンス情報が出てくる―そんなシステムがあるのだと思っていました。最近のエビデンスをインターネット等にまとめてある分野もありますが、多くは、個々の研究者が、それぞれの分野で今までの研究をまとめ、レビューという形式の(英語の)論文で最新の知見として発表しているのが基本です。それ故に、研究者以外の人にとっては、実際にそうした知見を自分の目で見て(読んで)確かめるということ、つまり、エビデンスにアクセスすることが難しく、専門科の発表や意見に頼らざるを得ない状況を作ってしまっていると感じています。

今回は、みなさんが日頃耳にする「エビデンス」に関して、科学の世界ではどのようにエビデンスが認定され、発表されているのかをお話ししました。次回からは、エビデンスに基づくスポーツに関する話を書いていきたいと思います。

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論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。