FITNESS BUSINESS

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教えずに、環境を提供することで、運動能力向上を図る

2019.07.25 木 トレンドサービス

現在、子どもたちが抱える運動環境の課題は何があるのだろうか。また、フィットネスクラブはどのようなアプローチができるのだろうか。30年以上スポーツトレーニングの現場で指導し、東欧などのスポーツ科学を中心とした育成強化システムの研究を行ってきた小俣よしのぶ氏に訊いた。

地域、経済、意識の差による運動環境の二極化が拡大

日本の子どもの課題として、年々顕著になっているのが二極化だ。都市部と地方では運動量、体力、運動能力に大きな差があり、それは拡がっている。

「昔は田舎の子どものほうが、運動量が多かったのですが、今では減少しており、肥満の出現率も高くなっています。子どもの遊ぶ時間が減っているのは全国で見ても変わりませんが、都市部はスクールが充実していると同時に、学校や習い事まで歩いたり自転車に乗ったりと日常生活のなかで運動する機会があります。一方、地方ではスクールの選択肢も少なく、車社会が進んでいます。地域によっては低学年の子どもは自転車に乗って外出をしてはいけないというきまりがあるほどです。公園があっても、行くまでの手段がなく、運動する時間は減る一方です。さらに、同じ地域であっても、親の経済力や考え方によって、子どもの運動レベルは異なります。まずは、子どもの体力・運動能力が低下していて、機会が必要であることを親が認識することが大切です」

このような格差を縮めるために、地域の子どもたちに無償で運動体験教室を提供しているのが、小俣氏がアドバイザーとして携わり、いわきスポーツクラブが運営している、いわきスポーツアスレチックアカデミー(以下、ISAA)だ。

「ヨーロッパでは、アカデミーは投資するものだという考えから無償で指導しているクラブチームが多々あると聞いています。さらにかつての東欧スポーツ強豪国では憲法でスポーツに参加する権利が定められていたため、例えば東ドイツでは子どもがスポーツクラブを無料で利用することができていたようです。一方で、日本のJリーグやBリーグなどはアカデミーが売り上げの2割ほどを占めていてビジネスとなっています。ISAAは被災地の社会問題の解決という側面もあってスタートしました。私自身、日本の運動教育でグローバルスタンダードを目指したい、親の経済状態や社会の都合で子どもの可能性が決められてしまうことを避けたいという使命感がありました」

一方で、ビジネスとしての需要があるならば、それに応じたスクールの展開も必要だと考える。今年5月にオープンしたドームアスリートハウスのアスレティックアカデミーは月謝が12,960円と高価格である。所得が高く、教育熱心な人が多い東京都江東区の湾岸地域だからこそ成り立つモデルだ。同アカデミーでは体力運動能力の向上などを指導している。「教えない」教育で体力・運動能力の向上を図るもうひとつ課題として挙げられるのが、体性感覚が乏しい=運動の情報を集めるためのセンサーがうまく働いていない子が多いことだ。そのため、いくら運動を教えても上達しないだけでなく、ロコモティブシンドローム、感覚統合障害のような現象なども引き起こしている。

「幼少期に運動していないことが一番の原因です。公園で走り回るだけでよいのです。走る、跳ぶ、登るなど、子どもは繰り返し同じことをしながら運動の楽しさを知り、かつ運動のコツを習得します。それが次の運動行動につながるのです。できる限り子どもが自由に身体を動かす環境をつくりながら、ビジネスとして成立させることが肝だと考えます」

小俣氏はいわきFCアカデミーとISAA、ドームアスリートハウスアスレティックアカデミー、石原塾など、複数のスクールの開発や運営に携わっているが、そこで共通して採り入れていることは「できるだけ教えないこと」だという。

「運動は教えられると教えられたことしかできません。例えばバク転を教えるとバク転はできるようになりますが、他の運動への広がりをもたせる運動体験機会が少ないため運動能力の向上にはつながらないことがあります。身体を使った遊びのなかで、自分からチャレンジしていろいろな刺激を受けることで、体力や運動能力が自然と身に付きます。ですから、私が携わっている石原塾では生徒たちが自由に運動に取り組む時間を設けるなどの実験的な教室展開をしたことがあります。最初に見本を見せてから、プログラム全体の1/3ほどの時間を使って生徒に自由にやらせます。ISAAでは、さらにそれを進めて、全く指導していません。すると子どもたちは自分なりにチャレンジして、自然とできるようになるのです。そして、少しでもできるようになると、どんどん次に進みたくなります。それを引き出すことが指導者の役目です」

しかし、多くの子どもや保護者は成果を求めて各種スクールに入会している。だからこそ、運動を教えることがマイナスに作用することがあると、きちんと説明して入会してもらうことが大切だという。

競技スポーツではなく運動する仲間・空間・時間を提供

3つめの課題となるのは、特定のスポーツ種目を幼少期から習わせる傾向だ。幼少期から特定のスポーツに特化しないほうがよいことはメディアなどでも言われ始めており、少しずつ浸透しているが、依然として人気があるのは基礎的な体力・運動能力を高めるスクールよりもスポーツ種目のスクールだ。

「保護者が成果を求め、スポーツ種目のスクールに子どもを入会させることは自然なことだと思います。だからこそ、スポーツクラブの運営者が啓発していく必要があるのではないのでしょうか。事業者としては、ビジネスとして成立させるために短期間で成果を出そうと考えてしまうかもしれません。しかし、運動するための仲間・空間・時間が減ってしまっている今だからこそ、この“3間”を提供することはビジネスチャンスでもあると思います。できる・できないで評価するのではなく、運動を体験させるきっかけをスクールがつくればよいのです。安全な場所で仲間と一緒に運動できるというサービスは、これからの時代確実に必要とされていくのではないでしょうか。いわきスポーツアスレチックアカデミーではそれを行い、個々の体力・運動能力が確実に伸びています」

そして、「本来球技などは中学生以降に始めるのがよい」ということを踏まえたうえで、サッカー、野球、体操、ダンスなどのスクールを、運動体験のひとつとして提供する方法もある。上達することを目的化するのではなく、子どもたちが、楽しみ、考えながら身体を動かす場と捉えるのだ。

欧米でも体力低下が課題幼少期の運動指導が変化

では、海外での子どもの体力・運動能力の現状はどうなっているのだろうか。子どもの体力低下は、欧米では日本以上に深刻な課題となっている。これは、日本の地方同様、防犯の側面から外遊びの機会が減っていることに起因する。そもそも、運動を体育として教育しなければならくなったきっかけは、300年ほど前のドイツにあるといわれ,当時のドイツの子どもたちの体力運動能力低下が問題視されたことによるという。

アメリカではレクリエーションスポーツが体育の授業の主流だったが、近年ではフィットネスが採り入れられている。さらに、幼少期から競技スポーツを行うことが問題視され、米ホッケー連盟は2018年に育成システムを再構築し、学童期に様々な運動を行うことを指針とした。日本のプロスポーツ球団の育成でも、清水エスパルス、京都サンガや日本ハムなどがいわきFC同様、競技に特化しないフィジカルを鍛えるアカデミーやスクール運営を始める方向性になっている。

保護者の教育、学校体育の指導スポーツクラブの役割を果たす

これらの課題を踏まえ、子ども向けスクールを展開するスポーツクラブがまず行うべきことは、保護者を教育することだ。「私が携わっているスクールでは、子どもを通して保護者の方にスクールの考え方を伝えています。ビジネスですから、お客さまに来てもらうことは大事です。しかし、本当に子どもたちのための指導でなければ、今は人が集まっていても続かないと思います」

もうひとつは、学校体育の代わりをすることだ。子どもの体力・運動能力の低下に伴って、小学校体育の質も低下している。それがさらに体力・運動能力の低下を招いているといっても過言ではない。

「都市部では特に貧富の差、知識の差によって受けられる教育に差が出ています。実際に株式会社ドームでは近隣の小学校からの依頼で体育指導を不定期ながら行っていますが、誰もが受けられる小学校体育をスポーツクラブのトレーナーが正しく指導することで、体力・運動能力の向上につながるのではないでしょうか。体育の授業もレクリエーション化していますが、スポーツを教えるのではなく、基礎体力運動能力を養うための授業をするのです」

子どもの体力・運動能力の低下は現代社会の課題でもある。これを解決することはスポーツクラブの使命のひとつでもあり、子どものころから運動の必要性を実感してもらうことはフィットネスビジネスへの意義も大きいのではないだろうか。