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論より証拠 -その1  エビデンスとは

2015.04.15 水 オリジナル連載

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】

論より証拠 -序章

エビデンスにはレベル(段階)がある

前回(序章)は、健康づくりの考え方に重要なパブリックヘルス(公衆衛生)の考え方や、エビデンスに基づく健康づくりの前提について話をしました。今日は、エビデンスとは何なのか、どこに注意して情報を取捨選択する必要があるのかについて紹介します。

皆さんも、見聞きしたことがあるかもしれません。テレビ番組や新聞で「●●●」がよい!と放送した次の日にスーパーから「●●●」がなくなったという話。そんな話を聞く度、私は、健康に対する人の関心の高さと、その一方で表面的な情報に右往左往してしまう人たち、そして、紛らわしい情報を流してしまうメディアの現状を知り、複雑な気持ちになります。

健康づくりに携われば携わるほど、何か一つの食品を偏って食べたり、体を動かさずに楽をして完璧に健康になる方法なんてなく、心と体の健康とは毎日の積み重ねだということを日々感じています。それでもなんとか、手っ取り早く健康になる”魔法の”健康法を求めてしまうのが、人間の性なのかもしれません。ベストセラーの編集者と話をしていても、●●するだけで健康になる!、●●でやせる!など、売るためにはこのような刺激的なタイトルが売れる(のでこのようなタイトルをつけざるをえない)と言っていました。なぜこのようなことが起こってしまうのでしょう?これには、多くの人がテレビ、新聞、書籍などで専門家が勧めること=エビデンス(科学的根拠)、つまり「正しい」と思ってしまうことに原因があるようです。もちろん、その道の専門家が話すことなので、「間違い」である可能性は低いと信じたいものです。でも、皆さんがメディアで健康法についての話を得る時に、知っておいてほしいことがあります。それは、エビデンスには、「レベル(段階)」があることです。
以下の表をご覧ください。

表:レベル・オブ・エビデンス

エビデンスレベル

参照:エビデンス:つくる・伝える・使う 中山建夫 体力科学(2010)59, 259-268 表3:エビデンスレベル(治療の有効性に関して)
Oxford Center for Evidence-based Medicine, Level of Evidence (March 2009)
※分野や領域によって細かい部分で差はあるが、疫学や臨床研究では、研究は主にこのように分類される。

Ⅰ~Ⅴ(1~5)まで、見慣れない言葉が並んでいると思います。これらは、覚える必要はありません!

これらは、研究のデザインや方法を表しており、それによってどのくらい強い科学的根拠として認められるかどうかが分類されています。皆さんに着目してもらいたいのは、Ⅵ(6)の専門家個人の意見。つまり、専門家個人の意見は、エビデンスとして呼ぶことは可能だけれども、数ある根拠の中では、一番低いレベルということなのです。
 
元々私はこてこての文系から科学の世界に入りました。畑の違う世界に入ったことで驚いたことはたくさんあるのですが、数々の驚きの中でも、エビデンスにはレベルがあり、自分が「エビデンス」としてマスメディアから流れてきて信じていたものは、時に、一番低いレベルの科学的根拠だったのか!と、あっけにとられたことを思い出します。
そうはいっても、テレビから流れてくるのは、専門家の意見だらけ。そんな時には、エビデンスにはレベルがあることを前提に、その専門家が、何を根拠に健康にいいと言っているのか―例えば、大規模な研究の結果を元にした意見なのか、いくつかの症例を元に言っているのか、それとも、専門家「個人」の意見なのか、など、エビデンスの「元」に注意を傾けてみてください。エビデンスは、研究成果の積み重ねです。したがって複数の研究の結果ではなく、たった一つの研究結果を元に議論を展開してしまうのは、適切ではありません。テレビや新聞ですと、伝えられる情報が限られているので、元情報まで話していないことが多く、これらを瞬時に判断することはとても難しいです。そのような場合、私がよくやるのは、その専門家の意見が信頼に値するものなのか、インターネットなどで情報の出所を調べてみることです。
例えば、情報の出所が学術誌の論文にまで辿り着けないような場合や、動物を対象に行った研究成果のみを根拠にしている場合は、特に注意が必要です。
英語や専門用語を理解して情報を探し求めるのは容易ではありませんが、少なくとも、皆さんが「専門家」「研究成果」という言葉に惑わされず、常にその「質」にも注意を向けておくことは、重要です。

 次回は、エビデンスの話のつづきとして、文系だった私がびっくりした科学のお作法の色々について、お話しします。

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論より証拠 -序章

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。