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アスリートを育てた母 vol.1 内村航平選手(体操競技) 「がんばれる子に育つ、魔法の言葉」


世界で活躍するアスリートは、競技パフォーマンスはもちろん、精神力にも優れています。そんな彼・彼女らの母親は、どのように子育てしてきたのでしょうか。
第1回目は、体操競技の選手としてオリンピックに出場、計7つのメダルを獲得している内村航平さんのお母さま、内村周子さんにお話をうかがいました。

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―内村航平選手は、どんなお子さんでしたか?

  小さいころは、おとなしくて、引っ込み思案でした。アトピーで、アレルギーもたくさんあり、身体も弱くて週1回ぐらいは熱を出していました。 私たちは、夫婦で体操教室・バレエ教室で指導していたので、歩き始めたころから連れて行っていました。航平が3歳のころ、強い選手を育てたいと「内村スポーツクラブ」をつくりました。自宅と同じ建物だったので、自然と体操が家族の中心になっていったように思います。航平も娘(春日さん)も、保育園から帰って来ると真っ先に体育館に行っていました。

 小学校に入ってからは、野球やサッカーを薦めたこともありましたが、やりませんでした。遊びに夢中になるようなこともありませんでした。それぐらい、体操をしているときが一番楽しかったのだと思います。1人でがんばって、その分だけ結果が出るというのが、性格に合っているようです。

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―オリンピックを目指すようになったのは、いつごろからですか? また、ご両親もオリンピック選手になってほしいと思っていましたか?

  小学校5年生のときです。夫がインターハイで優勝したときの金メダルを見て、自分もメダルを獲りたいと言うようになりました。 小さいころから気付くといつも練習していましたが、それからはより練習の時間が増えました。夕食の時間になって呼びに行っても、「まだ練習を続けたい」と言うくらいでした。それだけ体操が好きで、頭の中に体操しかなかったのだと思います。

  私は、オリンピック選手になれるとは思っていませんでした。北京オリンピックに出られると決まったときも、夢を見ているようでした。夫も同じです。がんばっても、うまくいかない選手もたくさん見てきましたから。航平自身は、「自分はオリンピックに出る」と信じていたと思います。

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―子育てをするうえで、気をつけてきたことはありますか?

 私は、がんばれる子、ひとつのことを成し遂げられる子、我慢をできる子になってほしいと思っていました。

  そのためには、母親ががんばらないといけないと思います。「今日はもういいや」と一度ラクをしてしまうと、それが続いてしまいます。私も、母がゆっくりしている姿を見たことがありません。それを我が子に返さなくてはいけないと思っていました。

 でも、航平は体操以外の運動や勉強はあまりしていません。何でもできる子を見ると、すごいと思いますが「私の子なのだから、これで充分」「生きていてくれればそれでいい」と思っています。

 子どもには、親の一言ひとことが薬になると考えています。子どものことを否定しないように気をつけていました。「何でできなかったの?」「あなたには無理」と言っていると、子どもも「自分はできない」と思ってしまいます。「もう1回やってみよう」「あなたならできる」という言葉をかけると、諦めない子になると思います。

 また、「ママにはあなたが必要」ということを伝えてきました。自分の存在が人から必要とされていることは、自信につながると思います。 毎日のちょっとした言葉がけが大事なのではないでしょうか。

 もちろん、子どもが小さいころや反抗期には、イライラすることもありました。そのようなときには「自分も子どものころはこうだったんだ」と思って、こらえるようにしていました。子どもにイライラをぶつけても、お互いにストレスが溜まるだけだと思います。ですから、子どもがいないときに、お風呂場やトイレで叫んで発散していました(笑)。

 待つことも大事ですね。私はせっかちなので苦労しました。航平は、あまりごはんを食べない子だったので、無理に口に入れようとしたこともありました。でも、夫に「無理矢理食べさせなくてもいい」と言われてハッとしました。食べる気になるまで待とうと。それで待っていると、そのまま眠ってしまって…ということもありました。

  子育てのまっただ中にいると、やることがたくさんあって大変です。でも、親の時間の都合で動かしていると、つくられた人間になってしまうような気がするのです。

―食事や健康について、パフォーマンス向上のためにしてきたことはありますか。

  アレルギーが出るようになってから、白米を玄米に、砂糖を黒砂糖に変えたり、塩はあら塩を選んだり、小麦粉を使ったものは食べないようにしたり、気をつけていました。おやつもほぼ手作りでしたが、保育園のおやつではお菓子が出ていましたし、まったく食べさせないことはストレスになってしまうだろうと考えていたのでそれほど気にしませんでした。ですから、今でも航平はチョコレートが大好きです。

 アレルギーは年齢とともによくなり、体操で結果が出るようになると自然と治りました。自信がついたのかもしれません。  

 また、疲れをとるため、毎日アミノ酸のサプリメントを摂っていました。野菜はあまり好きでなかったので、料理のなかに混ぜ込んで調理していました。
 睡眠はもちろん大事ですから、夜は勉強などせず、教室が終わった後はお風呂に入って夕食を摂るとすぐに寝ることにしていました。宿題など学習時間は、朝早く起きてとっていました。これも徹底しました。

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―今、子育てをしているママたちへ、メッセージをいただけますか。

 みんな、自信をもっていいと思います。そして「あなたが大事」ということを伝えていってほしいですね。

 ママの言葉は、子どもにとって魔法の言葉です。間違ったら、きちんと謝れば大丈夫だと思います。 怒りたくなることもたくさんあると思います。そのようなときには「生きていてくれるだけでいい」。そう思ってぐっとこらえてください。叱ることは大事ですが、親の都合で怒ってはいけません。もし明日いなくなってしまったら、今日怒ったことを絶対後悔すると思うのです。

お話を聞いた方 :内村周子さん

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1962年長崎県生まれ。9歳からバレエ、14歳から体操を習う。九州学生体操競技選手権大会で優勝。体操指導者の内村和久さんと結婚。27歳のときに長男・航平さん、29歳のときに長女・春日さんを出産。諫早市の自宅に体操教室を開く。2014年の第69回国民体育大会で長崎県の体操成年女子チームの監督を務めた。

内村航平さん

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1989年福岡県生まれ。長崎県育ち。体操競技で、2008年北京オリンピック、2012年ロンドンオリンピック、2016年リオデジャネイロオリンピックに出場し、個人総合2連覇を含み、3つの金メダル、4つの銀メダルを獲得。



☆LIVE編集部

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