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【NEXT 6月特集】世界で活躍する日本人トレーナー 森本貴義トレーナースペシャルインタビュー

2017.05.25 木 スキルアップ

日本人トレーナーが世界的にも存在感を高めてきている。日本人ならではの気遣いや勤勉さ、物事に対するきめ細やかさなどは、トレーナーの仕事にも活かされ、世界のトップチームで活躍する日本人トレーナーが増えている。
今回の特集では、世界で注目される選手やチームをサポートする日本人トレーナーに取材し、仕事に対する視点や心構え、キャリアづくりの考え方に学び、トレーナーとしての競争力を高めるヒントを得る。世界では、「トレーナー」としても役割が分担されている場合が多い。トレーナーとしての肩書きと役割にも注目することで、より自身の課題と照らし合わせてキャリアづくのヒントが得られるはずだ。

【特別インタビュー】

元MLBシアトルマリナーズ アシスタントアスレティックトレーナー 森本貴義さん

【世界で活躍する日本人トレーナー】

#1 マリア・シャラポワ専属フィジカルトレーナー 中村豊さん
 
#2 元EXOSパフォーマンススペシャリスト 阿部勝彦さん
 
#3 元MLSロサンジェルス・ギャラクシーアシスタントアスレティックトレーナー(パートタイム) 黒子甫さん
 
#4 元NBAサンアントニオ・スパーズアシスタントアスレティックトレーナー 山口大輔さん
 
#5 元NBAミネソタ・ティンバーウルブススポーツパフォーマンスディレクター 佐藤晃一さん
 
#6 ACミランメディカルトレーナー 遠藤友則さん
 
#7 杭州緑城フィジカルコーチ 池田誠剛さん

 ※特集内容はインストラクター・トレーナーのキャリアマガジン誌「月刊NEXT6月号」でもご覧いただけます。


元MLBシアトルマリナーズ アシスタントアスレティックトレーナー 森本貴義さん

MLBシアトルマリナーズ
ワシントン州シアトルに本拠地を置くメジャーリーグベースボール(以下、MLB)アメリカンリーグ西地区所属のプロ野球チーム。2001年から2012年までイチロー選手が所属し、数々の最多安打記録を打ち立てた。

森本貴義さんのキャリアステップ

森本貴義さんは、シアトルマリナーズで数々の安打記録を打ち立てたイチロー選手の活躍を、同チームのアシスタントトレーナーとして9年間にわたって支え続けた。イチロー選手との出会いは、オリックスブルーウェーブに入社した23才のとき。同じ寮で部屋も近く、同年代。

森本さんは学生時代に陸上選手だったこともあり、イチロー選手のトレーニングパートナーとしても接することができた。森本さんも、イチロー選手の高いプロ意識に学び、ストイックにプロのトレーナーとしての力を磨いていく。この縁が、森本さんをその後メジャーリーグでのトレーナーへと導いていくことになる。

森本さんがトレーナーに興味を持ったのは高校生のとき。中学生時代から陸上選手として全国レベルで戦ってきたものの、高校に入るとケガを繰り返し、思うように結果が出せなくなった。治療院に通う機会が増える中、当時、柔道整復士や鍼灸あんまマッサージ師(以下、鍼灸師)などの資格を持つ治療家がトレーナーとしてスポーツ選手をサポートしていることを知るようになる。

米国ではアスレティックトレーナーという資格や仕事があることも知り、高校卒業時にはスポーツ選手の活躍をサポートするトレーナーになることを目指し始めた。だが、当時日本でトレーナーと呼ばれる人がいたのは、プロ野球とJリーグだけ。さらにJリーグも創設されたばかりで環境が不安定だった。

そこで、森本さんは、トレーナーを仕事にできる確率が高い野球を選び、大学で鍼灸師の勉強をしながら、社会人野球チームでインターンとしてトレーナーの経験を積んだ。当時はもちろんトレーナーのインターン制度はない。学校の先輩のつてを使って社会人チームを紹介してもらっては、トレーナーとして現場で役立てることを探る日々。こうした活動が評価されてオリックスでの採用機会に選ばれた。

6月号①森本トレーナーのキャリアステップ

メジャーリーグのトレーナーを目指すようになったのは、それから4年後。イチロー選手がマリナーズに移籍した2001年にピオリアマリナーズのスプリングトレーニングに1ヶ月参加する機会を得たことがきっかけとなった。森本さんは、アメリカでアスレティックトレーナーが働く姿に、自身が思い描いていたトレーナー像が重なり「ここで挑戦したい」という気持ちを強くした。

その後すぐに、ピオリアマリナーズでのインターンシップの機会を得て渡米。同時にアリゾナ大学に入学するが、大学に入学した目的は長期滞在ビザをとるため。英語力も必要と考え、留学生向けに英語が学べるELSプログラムで学んだ。同大学にはアスレティックトレーナーのコースもあり、そこで学ぶ日本人の仲間とも情報共有しながら、メジャーチームのトレーナーになることを目指した。

だが、翌年メジャーに行けると言われていたのに、再びビザの関係でその道が途絶えることになる。その時声をかけてくれたのが、マリナーズにいた長谷川滋利投手だった。長谷川選手はカリフォルニアで会社を経営しており、森本さんにそこでの仕事をしつつ、長谷川選手のパーソナルトレーナーもしてくれないかと相談。森本さんは、新しい仕事におもしろみを見出しつつ、トレーナーとしての力量も発揮して、長谷川選手の投手としての活躍もサポートした。

メジャーリーグでのアシスタントトレーナーのオファーが来たのは、そうして1年が過ぎようとしていたとき。森本さんにとって、既にメジャーリーグのトレーナーになりたいという思いは薄れていたものの、「なかなかない機会だから、やってみたら」という長谷川選手の言葉に背中を押され、そのオファーを受けることにした。

メジャーリーグのトップチームに選ばれる選手は25人。ヘッドコーチのもと、森本さんを含む2人のアシスタントトレーナーと、ストレングスコーチ、理学療法士の5人でサポートする。イチロー選手を良く知るトレーナーとしてチャンスを得たものの、マリナーズでのサポートはチームアプローチをとる。

選手たちの間に白人至上主義的な雰囲気が漂う中、マイノリティである日本人トレーナーとして、イチロー選手以上に、他の選手たちにも時間をかけて接していった。自身の強みであるハンズオンのケアは選手たちにも受け入れられ、一人のアスレティックトレーナーとして信頼を得ていく。そうしてイチロー選手が移籍するまで9年間にわたり、その職務を全うした。

6月号②

現在は、米国と日本を行き来しながら、フェリックス・ヘルナンデス選手(シアトル・マリナーズ投手)と、宮里優作選手(ゴルフ)のパーソナルトレーナーとして活動してる。その傍ら、株式会社リーチ取締役として、これまでトレーナーとしてプロ選手に提供してきたことを、広く日本の一般生活者の健康づくりに役立てるべく、トレーニング関連企業のコンサルティングや、行政の健康経営推進事業にも参画している。

森本さんはトレーナーとして、常に選手の状況を客観的に観察して、必要なことを見極め、最適な解決策を探して、最適なタイミングで提供してきた。メジャーリーグのフィールドから、日本人の健康づくりに軸足を移した今も、粛々とそのトレーナーとしての役割を果たそうとしている。

イチロー選手の活躍を支えた森本貴義トレーナーに訊きたい!学生トレーナーと森本トレーナーとの、Q&A対談

日本でもトレーナーとしての知識と経験を積める場が整備されつつあり、トレーナーになることを志す人が増えている。毎年開催される「学生トレーナーの集い」の参加者も1,000人規模へと拡大している。将来トレーナーとして活躍することを目指す4人の学生トレーナーが代表して森本トレーナーに指南を仰ぐ。

森本貴義-対談

Q1. 現在アメリカと日本の2名の選手をパーソナルトレーナーとしてサポートしているとのことですが、遠隔でのサポートはどのようにされているのですか?北澤俊哉さん(東海大学)

A1. ヘルナンデス選手はシアトルが本拠地のマリナーズ、宮里選手は日本での活動が中心ですので、ともに実際に会ってトレーニングを見るのは、1ヶ月に1週間程度です。それでも確かな結果に繋げるために、年間のプログラムと、3ヶ月ごとのプランを予め共有して、日々のコンディショニングやトレーニングは自主的に進めてもらっています。

そして、3ヶ月ごとに成果をフィードバックし、次の3ヶ月のプランを調整していきます。ここで大切にしているのは、客観的に事実を観察して、柔軟に選択肢を見つけていくことです。現在はチームアプローチでなく、一人ひとりにパーソナルトレーナーとして丁寧に接するスタイルをとっていますが、丁寧に接することと、べったりした関係になることとは違います。

意識としては、選手のことはもちろん、選手と接している自分のことも客観的に見て、選手も自分も、話す内容や、つかう言葉、話し方まで注意深く観察しています。関係が近くなりすぎると、あまり相手や自分を見ないまま「分かってる」と思うようになり、そこにミスが生まれます。

トレーニングの成果についても、身体の状態が良くても、パフォーマンスに繋がらないときもあります。こうした状況でも「これをしていれば良くなるはず」という思い込みを持たず、常に客観的に見て、柔軟にプランを調整していくようにしています。また、相手のゴールがどこにあるのかを最初にしっかり理解することも、選手との信頼関係をつくり、選手が自ら取り組んで結果を出していくうえでとても重要です。

ゴールがしっかり共有できていてはじめて、選手もトレーニングの成果が実感でき、近くにいなくても高いモチベーションでトレーニングに取り組めることになります。あとは、調子が悪いときや身体に違和感があるときに、いつでも相談してもらえるように、LINEでのやりとりにはいつでも対応しています。

6月号③

Q2. 今、硬式野球部でトレーナー活動をしていますが、初動負荷トレーニングに興味を持っている選手が中にはいます。イチロー選手は、さまざまなトレーニングをした末に、初動負荷トレーニングが一番効果的だということで長く続けているのでしょうか?小林寛和さん(東海大学)

A2. イチロー選手は、あまり多様なトレーニングに手を出さないタイプです。いつも自問自答していて、自身の感覚が鋭いので、初動負荷トレーニングをやったときに「自分に合っている」と感じ、その感覚が続いているのだと思います。確か1997年のオリックス時代から続けていますね。

私も、イチロー選手に新しいトレーニングを勧めることはしません。聞かれればいつでも答えられる準備はしていますが、選手が必要と感じていない情報は提供しないようにしています。

私はトレーナーとして選手たちに情報を与えすぎないことも大切だと思っています。選手たちは情報をたくさん与えられても、処理することができません。乾いていないと水が吸収されないのと一緒で、選手なりに考えようとしているときに新しい情報を足しても水がこぼれるだけ。

なので、やるべきことは、とにかく選手の様子を良く見て、選手が欲しい言葉とタイミングを見極めること。おそらく、私がトレーナーとして仕事しているところを見ると、観察している時間がほとんどなので「何も仕事してないじゃん」と思うかもしれない。その選手が必要としていることを常に見極めて、選手が欲しいタイミングで、その時に提供する情報は1つだけ。

最近はトレーニングについても情報が溢れていますので、それを予め精査して、その時々にその選手にとってベストな情報を提供していくことがトレーナーの重要な仕事だと思います。初動負荷トレーニングも、その選手が自分に合うと感じるのであれば、いいと思います。

ただ、同じ野球選手でも、選手によって最適なトレーニングはそれぞれ違います。トレーナーとしては常に客観的に観察して、初動負荷トレーニングは選択肢の一つとして、その選手にとってベストなトレーニングを見極めていくことが大切だと思います。

Q3. 日本でもトレーナーの育成環境が整ってきていて、森本さんがトレーナーの仕事を開拓した時代とかなり違うと思います。もし、森本さんが今22才だとしたら、何をしますか?約80人いるトレーナーチームの代表として、多くの人が聞きたいと考えたことに関してお聞きします。尾崎竜之輔さん(国際武道大学)

A3. 20年間トレーナーとして活動してきて必要性を痛感するのが、解剖生理です。人の身体を触る仕事なので当たり前のことなのですが、学生時代は解剖生理の勉強があまり好きではなくて、資格をとるうえで必要最小限にしか勉強していなかった。でも、トレーナーとして活動する中で、ドクターとコミュニケーションする機会も増えれば、解剖生理は共通言語として必須。なので、22才に戻るなら、徹底的に解剖生理を勉強しますね。

あと、私は英語の勉強も嫌いだったのですが、メジャーリーグのトレーナーを目指すようになって勉強しなおすことになりました。若いときのほうが勉強する時間も機会もたくさんあるので、将来必要になる基礎力をしっかりつけておくことをお勧めします。

Q4. 日本で鍼灸師の資格をとって、アメリカでアスレティックトレーナーとしてのインターンの機会を得られていますが、その機会を得るために何か特別なやりとりはあったのでしょうか?三谷昂己さん(法政大学)

A4. チャンスを得るには作戦が必要です。特にアメリカではメジャースポーツに関わる仕事は「ドリームジョブ」とされていて、毎年数万人のトレーナーが、数十個しかないトレーナーのポジションを狙ってチームにアピールします。私もアメリカの8球団くらいにレターを出しましたが、すぐには仕事に繋がりませんでした。

トレーナーになりたい人がレターを書くのは当たり前で、さらにアメリカでは、大学時代に企業にインターンシップとして働くのが一般的です。まずインターンの機会を得て、実際の仕事で自分をアピールしています。そのチームが欲しい人材として印象に残る存在になることが重要で、学校で授業を受けて、仲間と同じことをしていては、いつまでたってもチャンスは掴めない。

私も大学時代は、いかに自分ができることを、社会の現場に活かせるかを見つけたくてインターンシップの機会をつくりました。日本でトレーナーというポジションが限られていたので、いかに仕事にするかについては、かなり考えて行動しました。

大切なことは、自身のビジョン、ミッション、バリューを明確にしておくことです。それが明確であるほうが、実現する可能性が高まります。その方向性に合った作戦や、人とのネットワークがつくれて、その仕事にたどりつきやすくなる。そしてチャンスを得たときに、何かアドバンテージになれるものを持っておくといいですね。

私の場合は、ハンズオンのケア。アメリカで東洋的なアプローチができることは強みになりました。これは何でもいいと思います。足が速いとか、計算が速いとか。何か秀でたものを持っていると、インパクトがあって選手もそのトレーナーに興味を持ちますよね。

あとは、何より元気でいること。寝ないでもへっちゃらなくらい高いエネルギーで仕事に熱中できるような。自分の夢に向かってがむしゃらに進んで欲しいですね。