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論より証拠 -最終回 「健康になれる」は訴求力になるのか

2017.01.27 金 オリジナル連載
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ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは
論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い
論より証拠 -特別篇- スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の重要性
論より証拠 -特別篇- 運動やスポーツ産業の経営者・指導者に求められる仕組み・ビジョン
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(前編)
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(後編)
論より証拠  -その4 あなたの行動は予測できている
論より証拠  -その5 ニューヨークとパブリックヘルス(前編)
論より証拠  -その5 ニューヨークとパブリックヘルス(後編)
論より証拠  -その6 アメリカで医者にかかるということ
論より証拠  -その7 休みとの向き合い方

先日博士論文を提出して、受理された。ようやく博士課程を卒業できることになった。仕事と学生を行ったり来たりしながらの生活だったので、修士課程も含めるとちょうど10年の道のりだった。博士課程を終えたら、やろうと思っていたことの一つが、ヨガのティーチャートレーニングを受けることだった。

ちょっとフライングだったけど、そんなわけで、今年夏から念願のトレーニングを受けている。

ヨガはもともと、博士にいた時に始めたので、かれこれ4年くらい続けている。ハーバードのリサーチの先生が、たまたまヨガの先生で、その先生の教えかた(研究もヨガも)が好きで、続けていた。でも、次第に、私の生活になくてはならないものになっていった。

研究者として、日常にあるすべてのことは、研究の材料になる

ヨガスタジオに「真剣に」通い詰めていると、いろんなことが見えて来る。私はもともと体が超硬いので、柔らかくするのに一苦労なのだが(ヨガを始める前は前屈もマイナス20センチくらいだった)、そんな私でも、続けていると、日々体は反応していく。

面白いのが、その日の体調はもちろんなのだが、教える先生によって、体の反応が違う。教えかたが上手な先生の日だと、できなかったポーズができるようになる。前屈すると手のひらが床につくようになる。反対に、あまり慣れていない先生だと、足に手が届かなかったり、体が思うようにねじれなかったり。

通っているスタジオが少し離れたところにあることもあり、正直、朝起きるのだるいなあとか、仕事でへとへとだからとか、いろいろな理由をつけてサボりたくなる日はたくさんあったのだが、カチコチだった体が柔らかくなって、その変化を感じられるようになると、レッスン自体が楽しくなり、今ではないと落ち着かないくらい、私の「習慣」になった。

健康の分野の研究者である自分は、もちろん適度な運動が健康に良いことはわかっている。しかし、週に一回運動するのと、ほぼ毎日運動するのとでは、わけが違う。ヨガが「気が向いたときにやるもの」から「毎日の習慣」に変わった理由は、健康を超える理由があった(私の場合、自分との戦いで、毎日少しずつ体が変わっていくのが嬉しかった)からだ。

健康を訴求するのにどういった方法がよいのかというのは、我々のような研究者にとって最も関心のあるところだ。なぜなら、誰もが願うものであるにもかかわらず、「健康」が売り文句にならない可能性に気づきつつあるからである。

例えば、 アメリカのとある実験で、「ヘルシー」と歌ったバー(お菓子)と、「おいしい」と歌ったバーを別々の人に食べさせたところ、同じものにもかかわらず、「ヘルシー」と書いてあるものを食べた人は、その後の食欲がましてしまったという研究がある。※1 ヘルシーと歌うことが返って望まない結果を生む可能性もありうることが読み取れる。

また、最近、運動の分野では「競争心をあおる」ことがより運動させるためのキーかもしれないという研究の結果が発表されている。※2

※1 https://faculty.chicagobooth.edu/ayelet.fishbach/research/FF_JCR_healthy_hungry.pdf
※2 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5008041/

人により健康になってもらうには、「健康になりたい、健康でいたい」という願望と、健康になるために必要だと人が感じていること(例えば、健康的なものはおいしくない、とか、健康になるにはつらい運動をしなければならないとか)のはざまの中で、どこかにいい着地点を見つける必要があるのではと思っている。

この連載も今日が最終回。

読者の皆さんは、実際にフィットネス関連の事業に携わっていたり、先生として教えていたりする方が多いと思う。

健康のためというのはもちろん大切なことなのだけれど、それと同じくらい、もしくはそれ以上に、スタジオやイベントを通じて、多くの人に楽しかったり、ヘルシーな競争体験をさせるのはとても重要なのではないかと感じている。また、行動経済学的の観点では、「健康」は大事なことなのに、人が「健康のために」行動を変えるのが難しい理由はいくつかあるが、その一つは、効果がすぐに見えにくいことにある。だからこそ、小さな「変われる」体験を与えつづけるのはとても重要なのではないかと感じている。

フィットネスの世界で実践者として活動される皆さんに、少しでも科学(エビデンス)やパブリックヘルスに興味を持ってもらえたらと思って始めた連載。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!これからも、研究や執筆を続けていきます。またどこかでお会いできることを楽しみに!

>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。