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論より証拠 -序章

2015.03.25 水 オリジナル連載
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ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。

アメリカに来て10年。 働きながら学び続け、ようやく博士課程の折り返し地点が過ぎました。 私が目指すもの。それは「ちゃんとした」健康法を広め、多くの人が与えられた命を全うできる社会を作ることです。
こう言うと、その役割は医者ではないの?とよく聞かれます。簡単に説明すると、医学(臨床)が一人ひとりの患者を診て治療を行うのに対して、私の専門であるパブリックヘルス(公衆衛生学)は、英語の通り「みんなが(public)健康(health)でいられること」を追究するものです。

パブリックヘルスは、医学と多くの重なりを持つ一方で、社会や国など集団の健康づくりを考えるので、異なる専門性を必要とします。日本でも、公衆衛生大学院が医学部と独立している大学が少しずつできていますが、アメリカでは、ハーバード大学を始めとする多くの公衆衛生大学院は、医学部とは完全に独立しています。つまり、公衆衛生の専門家は医師とは別の専門家として、社会の地位を確立しているのです。

帰国するたびに驚くのは、日本が世界トップクラスの長寿国でありながらも、「ちゃんとした」、つまり世界の最新の知見に基づいた健康づくりの考えが広まってないことです。最悪な場合には、間違った(科学の知見と逆行するような)見識が平然とマスメディアなどで伝えられていることもあります。

医学の世界では、「エビデンスに基づく治療」といって、科学的根拠に基づいて患者を治療する考えが広まっています。しかし、パブリックヘルスの根幹に関わる運動や食事、睡眠などの分野で、世界の知見に基づいた「エビデンス」がきちんと語られている場面は、日本ではまだそれほど多くはありません。

私は、すべてにおいてエビデンス命と言っているわけではありません。元々信心深い環境で育ったので、科学がすべてを説明できると思うのは、正直ちょっと傲慢じゃないかと思うくらいです。それは、科学の世界に身を置いてから、より身にしみて感じることでもあります。

例えば、私はヨガが大好きです。ヨガの効果は科学的に証明されつつありますが、もちろんそこには科学では説明しにくいもの(エネルギーとか、陰陽のバランスとか、感謝や祈りの挨拶など)もたくさんあります。でも、たとえ学術的根拠がなくても、私はヨガを続けていたでしょう。なぜなら私は、ヨガのエネルギーが体の隅々まで行き渡る感覚とか、心地よい疲れが大好きだから。私のような人たちは、エビデンスの有無は「あったことにこしたことはないけど、するかしないかの決定打にはならない」という考えを持つことが多いと思います。

それなら、エビデンスは、まるっきり無視していいのかというと、そうではないと言えます。人の命に関わる分野であるからこそ、大切にしなければならないものがあります。積み重ねられた世界の知見は、何事にも代え難い生きた証拠だと思うのです。

研究や仕事を通じてわかったのは、世の中の多くの人たちがエビデンスに関心があり、だからこそ、マスメディアから流れてくるエビデンス(とされるもの)に一喜一憂して、運動や食事を決めるうえで振り回されてしまうということでした。悲劇なのは、多くの人たちが、肝心の「エビデンス」が何か、よくわかっていないことにあります。それ故に、振り回されてしまうことが実に多いのです。運動や食事に関わる専門家でさえ、エビデンス情報に右往左往する人々を前に、苦労するその姿を数多く目の当たりにしてきました。

このコラムでは、健康づくり(パブリックヘルス)の実践者でもあるフィットネス業界の方に、エビデンスに基づく健康づくりとは何なのかを伝えていきたいと思います。

いろはかるたにあるように、日本は江戸時代から「論より証拠(人の意見より根拠を大切に)」の概念を持っていました。そんな国だからこそ、きちんとしたエビデンスが広まってもらいたいと思います。また、特に実践者として健康に関わる仕事をしている多くの人にエビデンスを判断する力をつけてもらえたらと思います。次回は、エビデンスとは一体何なのか、どこに注意して情報を取捨選択する必要があるのかなどについて紹介します。

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。