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スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の 重要性

2015.06.28 日 オリジナル連載
林さん連載画像640×364

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
今回は、特別篇としてスポーツと運動の研究者で、現在、ハーバード大学医学大学院およびブリガム・アンド・ウイメンズ病院予防医学科で研究を行っている”鎌田真光氏”とのインタビュー対談を三週にわたり配信する。Part.2では鎌田氏が感じる「スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の重要性」をお伝えする。

【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは
論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い

このコラムでは、これまで科学の視点で、エビデンス(科学的知見)とは何か、なぜエビデンスが大切なのかを説明してきました。経営者や指導者として運動やスポーツ産業に携わる方々にとって、鎌田さんからみて、エビデンスに関して思うことを教えてください。

鎌田:まず、運動する人自身にとっては、エビデンスは必ずしも必要ではないと言うことも出来ます。つまり、基本的には「楽しいからやる、やりたいからやる」で十分なのです。しかし、ケガ・故障なく続けるためや、減量など何らかの目的を持って行うためには、知っておくとよいことはたくさんあります。一方、運動の指導者や経営者にとっては、エビデンスは商品やサービスの売り文句の根拠となる重要なものだと考えています。

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また、経営者や指導者の皆さんも含め、政策などを通して社会の仕組みを変えていくためには、エビデンスは、自分たちが発信するメッセージの根拠を確認してもらうために、必要不可欠な要素です。

エビデンスがこんな風に利用されている、こんな風に役立った、という例はありますか?

鎌田:非常に雑な言い方になりますが、研究上の発見が実践にも影響を与えた面白い例として、「あまりよいと思われていなかったけれども、実はよかった」という場合と、「よかれと思っていたことが、実は悪かった」という場合の2種類があります。

例えば、前者だと、持久力を伸ばすためには、ものすごく長い時間走ることでしかトレーニングにならないと思っている方も多いと思います。しかし、高強度の運動を短時間の間に休息を挟んでインターバル・トレーニングとして実施することでも、心肺機能が鍛えられ、持久力が高まることが分かってきました。これは、立命館大学(現在)の田畑泉教授が学術誌で発表された方法で、はじめは海外で、その後日本でも、「TABATAプロトコル」という名で近年、急速に知られるようになりました。

また、ゆっくり走るジョギングはあまり意味がないのではと思っている人に朗報です。 ニコニコ会話しながら走れるペースのジョギングでも持久力が高められることが分かっています。ニコニコペース(スロージョギング)と言って、これも日本発の知見なのですが、福岡大学の田中宏暁教授が考案しました。ゆっくり走っても色々な効果が得られることを明らかにしたのです。

ちょうど今年4月のボストン・マラソン5kmの部参加に向けて、妻とジョギングの練習を始めた時のことですが、妻は当初、長距離走を練習する=速く走らないといけないという思い込みがあり、すごい速さで走り出すと、すぐに疲れて足を止めてしまいました。「ニコニコペースって知ってる?」と、ゆっくり走っても意味があることを伝えると、その後は安心して、自分のペースで走るようになりました。

運動には何かと「きつくなければ」「速くなければ」「長い時間やらなければ」といったイメージがついてまわります。ハードルが高く、ネガティブなイメージが先行してしまうと、多くの人が運動すること自体から足が遠のいてしまいます。ですから、こうしたイメージを払しょくするような知見は画期的です。エビデンスによって、運動の実践の仕方が変わることもあり得ます。より多くの人にスポーツを楽しんでもらうことが私の使命でもあるので、皆さんの先入観を取り払い、運動へのハードルを下げてくれるようなエビデンスは個人的にとても大好きです。

 一方で、「よかれと思っていたことが、実はそうではないかもしれない」という逆の場合もたくさんあります。

例えば、国立健康・栄養研究所健康増進研究部の宮地元彦部長らの研究により、高強度の筋力トレーニングをすることによって、動脈が硬くなるという結果が出ています。今後、実際に循環器疾患発症のリスクが高まるか検証される必要があります。

こういったエビデンスは、運動を健康的に長く続けてもらうために、人々に警鐘を鳴らすものです。運動は必ずしも体によいわけではなく、やり方によっては体を痛める可能性があることは常に意識する必要があります。

>>>Profile

鎌田 真光(かまだ まさみつ) 博士(医学)
ハーバード大学医学大学院およびブリガム・アンド・ウイメンズ病院予防医学科 博士研究員。国立健康・栄養研究所 健康増進研究部 流動研究員、日本学術振興会海外特別研究員。

1982年宮崎県生まれ。 東京大学教養学部理科Ⅰ類入学。 在学中に同級生らと「マンガ運動器のおはなし-大人も知らないからだの本-」を執筆、書籍は全国の小学校等に計20万部が無償配布され、平成17年第1回東京大学総長賞受賞。同大学院教育学研究科 身体教育学コース 修士課程に進学後、2006年から2013年まで、島根県の中山間地域に拠点を置き、身体教育医学研究所うんなん(島根県雲南市立)にて研究員として地域の健康づくりやスポーツ教育に携わる。2013年島根大学大学院医学系研究科にて博士号(医学)取得。(独)国立健康・栄養研究所健康増進研究部(当時)を経て、2013年12月より渡米。主な研究テーマは、身体活動(運動)の促進を通した健康づくり、スポーツ障害の予防。研究論文は、Preventive Medicine等の学術誌に掲載されている。

HP:http://researchmap.jp/kamada/

【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは

論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。