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論より証拠 -その5 ニューヨークとパブリックヘルス(後編)

2016.02.06 土 オリジナル連載 ヘルスケア/ウェルネス

ハーバード公衆衛生大学院博士課程に在籍する傍ら、米国大手広告代理店マッキャンワールドグループ・ヘルスケア部門にて、戦略プランナーとして活躍する日本人女性がいる。名前は”林英恵”。
本連載では健康に対する考え方、エビデンスに基づくアプローチ方法を彼女自身のユニークな経験談も含め解説していく。
【バックナンバー】
論より証拠 -序章
論より証拠 -その1 エビデンスとは
論より証拠 -その2 文系の私が科学の世界に入って驚いたこと
論より証拠 -特別篇- 運動・スポーツ環境における日本とアメリカの違い
論より証拠 -特別篇- スポーツ産業に携わる経営者や指導者にとっての”エビデンス”の重要性
論より証拠 -特別篇- 運動やスポーツ産業の経営者・指導者に求められる仕組み・ビジョン
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(前編)
論より証拠  -その3 エビデンスからムーブメントを起こす(後編)
論より証拠  -その4 あなたの行動は予測できている

日本も暖冬のようですが、今年の冬は、アメリカ東海岸もかなり温かいです。ようやく、ニューヨークらしい寒さを感じるようになりました。ニューヨークの緯度は、日本の青森県の緯度と同じくらいです。最近では、最高気温0度、最低気温は常に氷点下なのも珍しくありません。

前回は、数々の分野で世界を率いる都市ニューヨークが、実はパブリックヘルスにおいても革新的な役割を果たしていることをお伝えしました。今回は続編です。

2014年から新しい市長に任命され、保健・医療政策の右腕としてヘルスコミッショナーになった女性医師であるMary Bassett氏もパブリックヘルスの専門家でもあり、健康格差対策に力を上げています。彼女が就任後、特に、私の先輩たちであるハーバードの博士課程の卒業生を何人も採用し、データやエビデンスなどを駆使しながら、政策を進めていく姿勢がよくわかります。

特に、人種や社会経済的環境による健康格差をなくそうという強い姿勢が伺われます。

また、彼女が重視するのはデータだけではないようです。自らが前に出て市民に健康政策の重要性を訴えます。喫煙者だった彼女が自ら出演した禁煙のコマーシャルはこちらでも話題になりました。

パブリックヘルスの著名なジャーナルにも論文を多く発表し、内外にこの分野の重要性を訴えていくことに余念がありません。

人と健康の関係を考える際、私の専門の一つは行動科学なので、どのようにしたら、人が健康的な行動をとってくれるかを常に考えています。一方、個人の意志だけで悪い健康習慣をやめ、よい行動を身につけることは至難の業です。人がある行動をとれるかどうかは、その人がおかれている環境や育って来た背景などに大きく影響されるためです(このような分野を扱うのが社会環境と健康の関係を扱う社会疫学です。詳しくはこちらの本をご覧ください。

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実は健康課題が多いニューヨーク

ニューヨークは、喫煙率も高く、ドラッグなども問題もあり、また、とにかく貧富の差が激しいので、健康問題も課題が山積みです。医学とパブリックヘルスは、似ていることもたくさんありますが、職業として考えた時に大きな違いがあります。医療の分野では、医師が誰かを救えば、患者や家族からありがとうと言ってもらえる仕事です。

一方、パブリックヘルスの分野の人たちは、喫煙率を下げたり、感染症を食い止めたり、肥満率を下げたりしても、誰かに特に感謝される仕事ではありません。むしろ、反対する人々や、業界団体から非難にさらされたりします。また、その問題に関わる関係者全員がハッピーになることはまれです。特定の「誰か」ではなく、「みんな」のために業務を行うのがパブリックヘルスですが、それ故に、特定の誰かから「ありがとう」と言われることもありません。

そんなある意味「報われない」分野でありながらも、壮大な戦いに果敢に挑むニューヨークのパブリックヘルスの専門家たちの姿は、勇気づけられるとともに、爽快に感じています。

大学院の入学式で、その後オバマ大統領の保健政策の舵取りをすることになったハワード・コウ氏が、こんなことを言っていました。「パブリックヘルスのリーダーは、オーケストラの指揮者だ。大きな課題に向かって、色々な分野と連携しながら、指揮をとらなければならない」

仕事柄、パブリックヘルスに取り組む色々な自治体や組織を見てきました。そんな中でも、一人ひとりの政策担当者や、(自治体に所属している)研究者たちがこれほど生き生きと楽しそうに働いている自治体はそんなに多くありません。

革新的なプログラムに携わっているからなのか、リーダーが素晴らしいのか、やりがいがあるのか、なぜなのかは私もまだわかりません。しかし、ニューヨークは、まぎれもなく、パブリックヘルスの実践の“ハブ”的都市だということを、日々感じています。そして、パブリックヘルス関係者の一員としてこの地で仕事をすることを、とても嬉しく思っています。

>>>Write by Hana Hayashi

林 英恵

パブリックヘルス研究者/広告代理店戦略プランナー

1979年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部を経て、ボストン大学教育大学院及びハーバード公衆衛生大学院修士課程修了。現在同大学院博士課程在籍。専門は行動科学及び社会疫学。広告代理店マッキャンワールドグループニューヨーク本社でマッキャングローバルヘルス アソシエイトディレクターとして勤務。 国内外の企業、自治体、国際機関などの健康づくりに関する研究や企画の実行・評価を行なっている。夢は、ホリスティックな健康のアプローチで、一人でも多くの人が与えられた命を全うできるような社会(パブリックヘルスの理想郷)を世界各地につくること。料理(自然食)とヨガ、両祖父母との昼寝が大好き。著書に『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)。また、『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。